カスタマーサクセスをユーザーの行動を変えるという視点から考える - 「行動を変えるデザイン」 読書メモ

背景

ここ1年くらいカスタマーサクセスについて学んだり、実践したりということを行ってきたが、未だにカスタマーサクセスの具体的な活動をうまく設計できていないという課題感がある。失敗しているわけではなく、舞い込んでくるものに全力を尽くしているという感覚で、組み立てられているという感じではない。

カスタマーサクセスの本を読んでいると、カスタマーサクセスという概念の重要性や、KPIの置き方、ミッションの置き方、組織のつくり方、顧客の成功を設計する重要性、顧客について理解する(カスタマーヘルススコアなど)ことの重要性、などについては学べるが、現場で実際にどういう施策を立てて、どう活動するとより効果的かという実務の部分がこれらの書籍からだけではイメージできていない。

そこで、これまではカスタマーサクセスの本にプラスして、ユーザーインタビューや、カスタマージャーニーマップ、マーケティングやセールスなど、業務に関わりそうな本をぺらぺらと眺めては唸っていたのだが、活かせるものは確かにあるものの、何か芯を食ってないような気がしていた。

その模索の一貫で読んだ行動心理学をベースにした本がなかなか参考になった、ということを紹介していこうと思う。

行動を変えるデザイン

この本では行動心理学を応用し、Webサービスなどのプロダクトによってユーザーの行動を変容するためデザインの方法論について書かれている。

行動変容デザインは探索プロセスと呼ばれるサイクルを小さく早く回していくことで改善されていくとされている。不確実性に立ち向かう開発手法や仮説検証の考え方とリンクする。本の中でもアジャイルやリーンを開発手法として選択している現場での実践を念頭に置いて書かれているように思う。それもあってか、実際の現場の様子を想像しながら、本で語られる知見がどう取り入れられるのかをイメージできるので非常にわかりやすい。

ケースや例としてあげられるプロダクトも主にサブスクリプションモデルのBtoCサービスが念頭に置かれていることが多い(もちろんそれ以外の例もある)ので、開発手法や自分が携わるプロダクトの性質が似ている、という人は読みやすいだろう。

探索プロセスは以下のようなものである。キーワードをまとめるので詳しくは本文を参照されたい。

探索プロセス

  • 理解する
    • 意思決定の仕方
    • CREATEアクションファネル
    • 行動変容のための戦略
  • 探索する
    • 成果
    • アクター
    • 行動
  • デザインする
    • ビヘイビアプラン
    • ユーザーストーリー
    • インターフェースデザイン
    • プロダクト
  • 改善する

探索プロセスの「理解する」の箇所では人がどのように意思決定しているのか、その認知メカニズムが行動を変えることにどのように影響するのか、ということが行動心理学に基づき説明されている。その後の「探索する」「デザインする」「改善する」の部分ではそういった行動心理学のエッセンスを活用して、どうプロダクトをデザインし、実装し、改善していくかのプロセスについて事例を交えて説明されている。各所に行動心理学の理論や事例がちりばめられつつも、最終的にはそれをどうプロダクトのデザインに活かすか、という実践の話が徹底して書かれているところがこの本の面白さであり、ためになる部分だと思う。

開発手法の知識に寄りすぎるわけでもないので、非エンジニアの方でも読みやすいのではないだろうか。

補足

カスタマーサクセスを生業とされる方向けに補足すると、この本の中でデザインされるものはユーザーインターフェースなどプロダクト自体の開発・改善なので、対面のコミュニケーションが重要になるハイタッチよりは、テックタッチの施策に参考になる。

ユーザーの声(VoC)をプロダクトの機能改善にどうフィードバックするかといった施策を設計することを担当にされている方にはドンピシャだろう。

また、プロダクト本体の改善以外にも、ヘルプページやFAQ、サポートの改善、スタートガイドやハンズオンなどトレーニング手法の設計など、広義でのプロダクトとユーザーのインターフェースになりうるものには応用できる考え方だと感じた。

ハイタッチがメインの方が、参考にする行動心理学の本としては、以下のような本が役に立つだろう。名著としてよく取り上げられるので読んだことのある方は多そう。

人を動かす 文庫版

人を動かす 文庫版

ターゲットアウトカム(成果)を明確にする

この本は、学びが多く、物理本でしか手に入らないので物理本を読んでいたのだが、付箋だらけになってしまった。

この読書メモとしては、自分が今ここにいるだろうと思われるプロセス「探索する」について、またその中でも「ターゲットアウトカム(成果)を明確にする」ことについてまとめる。

私自身が今いる状況は、以下のようだと想像してほしい。

  • 施策のアイディアや、アイディアの種はたくさんあし、そのどれかを選んで実行してもよいし、実際にいくつか試しているしている。
  • アイディアはユーザーから得られる要望の中にもたくさんあり、これまで蓄積されてきた数百の要望がリストとしてすでに並んでいる。

こういう状況で、よくやってしまうのは、そのアイディアや要望のリストを眺めながら実現可能性と緊急度、最終的には主観からピックアップしたものをとにかく実行してしまうこと。 選んだ施策に対して、指標は置き、計測はする。 そうすると、いちおう一定の成果はあげられるものの、施策が完了してから翻って何が目的だったのか、本当に上位レイヤーのKPIに対して影響のある施策だったのか、仮説が検証されたのかがおぼろげになる。

このままでは、成果をきちんと評価できないし、組織の納得感も得られにくく、協力も受けにくくなってしまうのではないかというのが今の課題感であり、危機感だ。

この本では、ターゲットアウトカムを定義して、そこから施策のデザインにブレイクダウンする流れが紹介されている。また、定めた成果が実施するに値するものかどうかを見極める方法についても書かれている。

ユーザー中心のアプローチ or 企業の中心(company-centric)のアプローチ

この本では主に、ユーザーにフォーカスし、ユーザーのためにプロダクトが何ができるかを考えるという開発プロセスについて語られているが、もう一つの方法として企業中心の目的設定の方法についても語られている。

2つのアプローチの違いは以下のように説明されている。

  • ユーザー中心:プロダクトがユーザーにもたらす利益にフォーカスすることで、結果として自社の収益にもつながらう、というアプローチ
  • 企業中心:プロダクトが自社にもたらす恩恵にフォーカスし、その手段としてユーザーに価値提供する、というアプローチ

企業中心アプローチの場合、プロダクトのビジョンが以下のようになる。

  • このプロダクトによって、自社の魅力を新市場に拡大したい
  • このプロダクトによって、収益を向上させたい
  • このプロダクトによって、自組織が新たなプロジェクトを引きつける専門性や能力があることを示し、新たな資金援助を手に入れたい
  • このプロダクトによって、自社に対する認知度や関心を向上させたい

ユーザー中心アプローチでデザインのコンセプトを構築していく場合に比べて、企業中心アプローチではプロセスが1つ増える。

  • ユーザー中心: プロダクトビジョン → ユーザーにとっての成果 → 行動 → アクター
  • 企業中心:プロダクトビジョン → 経営目標 → ユーザーにとっての成果 → 行動 → アクター

企業中心のアプローチは、プロセスも増えて、ユーザーに向き合っていない、カスタマーサクセスではない方法のようにも見える。 ただ、この本ではたとえプロダクトのビジョンが収益を向上させたい、というような企業中心から始まるアプローチだったとしても、プロダクトはユーザーに価値提供することで対価を得るので、結局はその後のデザインの過程ではユーザーを中心とした行動変容の探索プロセスを踏んでいくことになると説明されている。

ターゲットアウトカムを明確にする際にやることは以下の通り。

  • プロダクトが達成すべき現実世界の成果を定義する。心理状態を目標に置くのは避け、プロダクトの正否を判断できる測定可能な成果にフォーカスする。
  • 自社固有の目標(例えば利益向上)を、ユーザーが本当に関心を持つ現実世界の成果に翻訳する。
  • プロダクトの目指す成果実現のために人々が取りうる行動についてブレインストーミングをして洗い出す。
  • それぞれの行動を実現可能な最小限のアクションにまで削ぎ落とす。

カスタマーサクセスは、どちらかというとまさにユーザー中心のアプローチで、プロダクトのミッションから顧客の成果を定義して、それが達成されるために活動する役割(や考え方)だと解釈できる。

ただ、同時にビジネスマンでもあるわけで、その先には(前には?同時に?)必ずといっていいほど、ビジネスのゴールが控えている。やりたい施策がユーザーに感謝される施策だからといって、それがどうKPIに貢献するのか?というのは常に答えを求められる可能性がある。

この本では、どちらのアプローチをとっていても結局はユーザーの行動変容とユーザーの成果に焦点を当てることになっていて、どちらから始める手法もフラットに方法論が語られているところが、現実に寄り添われていてよい。

陥りそうなこととして以下があげられている。

  • プロダクトの目指す成果について、企業内部で合意できない。
  • 企業自身が求めるものはわかっているが、ユーザーの関心に合致するものを提供できない。

プロセスの前半部分が滞って、ユーザーにとっての関心や成果の話になかなか進めない状況というのは想像がつくし、先にも紹介した自分の危機感、ユーザーの関心や成果について探索ばかりしていて、翻って企業のビジョンにどうフィードバックされているか説明できず、企業の納得感や協力を得にくくなるのでは、というのもまさにここで言われていることの例だろう。

達成したい成果が定まったら、次は成果を達成するためのユーザーのアクションを選択していく。

選択は以下のような流れで行っていく。

適切なターゲットアクションを選択する

  • ターゲットユーザーを調査する
  • 理想的なターゲットアクションを選択する
  • 成功と失敗を定義する

自分の状況が探索プロセスのどこにあたるのか、課題感がケースのどこにあたるのかがわかって、いろいろすっきりした。私は今「探索する」プロセスを試行錯誤しながらいったりきたりしている。この本から得られた知見でプロダクトに合う方法論は少しでも試して、次のステップである「デザインする」「改善する」に足を踏み出したい(地に足のついた形で)。

プロダクトの企画、デザイン、カスタマーサクセスのテックタッチ、マーケターなどなど、ユーザーにどう行動して、どう成果を得てもらいたいかということについて考えたり、取り組んでおられる方にこういった行動心理学をベースとした本を読むことは(ロールによって優先度は変わりそうだが)かなりおすすめしたい。

ためになったエッセンスのリスト

  • プロダクトの正否を判断できる測定可能な成果にフォーカスする。
  • 「ユーザーが満足する」「ユーザーが喜ぶ」といった心理状態を目標に置くのは避ける。(測定が困難だから)
  • 自社固有の経営上の目標をユーザーが関心を持つ現実世界の成果に翻訳する。