テクニカルソリューションのCSMが考慮すること- 「カスタマーサクセス・プロフェッショナル」 読書メモ

先日発売された、「カスタマーサクセス・プロフェッショナル」を読んでいる。

これまで最前線で実務にあたってきたCSMのノウハウがぎっしり詰まっていて、これまで概念を学びつつ実務の構築に試行錯誤してきたCSMには大変参考になる書籍で、これからカスタマーサクセスの次なる必読書としてリストされていくだろう。

書かれているノウハウはどれも魅力的であるため、読みながら早く実践してみたくてたまらなくなる。 ただし、同時に以下のような感想も抱く。

書籍の訳者あとがきにも、これが一つの実践"例"であってゴールではない、ということが丁寧に念押しされている。

誤解しないでほしい。リアルなストーリーが溢れていることの価値は、事例の数が多ければその中から自社の正解が見つかるから、ではない。では新の価値は何か?それは、自社のカスタマーサクセスの正解は最終的に自分たちで見つけなければならない上で、多様な事例を知るほど、自社の正解を見つけるためのヒントがつまった引き出しが充実するからだ。芸術の世界で例えよう。ソリストとして名を残す音楽家は、まずは優れた先人を真似て楽譜の解釈や表現法を自分の引き出しにためることから始める。しかし「うまく真似る」ことがゴールではない。引き出しの先例を糧に、自分なりの独自の表現法を見出すことが最終ゴールだ。カスタマーサクセスの実践はそれににている。

(「カスタマーサクセス・プロフェッショナル」 p3 訳者まえがき)

このブログでは、カスタマーサクセス・プロフェッショナル 3章〜4章の事例から発想した、自社プロダクトMackerelのカスタマーをどう考えるかという一つのアイディアについて書く。

CSMが対峙する登場人物

CSMがコンタクトを取る対象の例として以下のように書かれている(p105 コラム「カスタマーと連絡を取る際は必ず準備せよ」)

  • 役員クラスの支持者
  • 意思決定者
  • 責任者
  • ヘビーユーザー
  • 管理者

つまり、自社のプロダクトをもってして、カスタマーの成功を導こうと思ったら、導入部署の責任者や現場のコアユーザーだけでなく、ビジネスの意思決定者とも目的に応じてコンタクトを取っていくべきということだ。現場のヘビーユーザーに好まれたとしてもビジネスの意思決定者が首を立てに振らなければ導入はうまく進まないし、もちろんその逆もある。

テクニカルソリューションの導入を意思決定するキーマンは誰か?

Mackerelは、顧客となる企業でプロダクトを開発・運用する技術者が利用するテクニカルソリューションである。技術者が利用するテクニカルソリューションの導入はどのように意思決定されているのだろうか。

私が、複数の企業とコミュニケーションをしたことや、自身が企業に所属した経験から感じていることは、企業に対して、有償のテクニカルソリューションの導入や継続について意思決定の登場人物は非常に多いということだ。自社に技術者が所属して開発を行っている企業では、CTOやVPoEといった技術について責任を持つ役割がビジネスに責任を持つ役割とは別に設けられていることが多い。R&D部門などが自社の技術選択に影響力を持つ場合もある。

つまり、Mackerelでは、登場人物以下のようになる。

必ず全員が登場するわけではない。企業と事業が1:1のような企業では、企業の長と事業の長が同じで、現場と最終的な意思決定者(決決裁者)の距離が非常に近い組織もある。

その企業でどのような意思決定がなされれているのかということはヒアリングによって丁寧にキャッチアップしていく必要がある。

ビジネスのキーマン

  • 役員クラスの支持者
  • 意思決定者(事業責任者、部門長)
  • 責任者(プロダクトマネージャー)

技術選択のキーマン

  • 技術に関する役員クラスの意思決定者(CTO、VPoE)
  • 技術開発・選択を牽引するR&D部門の責任者
  • プロダクトの技術責任者(プロダクトマネージャー、テックリード
  • ヘビーユーザー(技術者)
  • 管理者(技術者)

最終的な意思決定者はビジネスの責任者である場合もあれば、技術に関する責任者である場合もある。もしくは、その両方の承諾を得なければ決裁が通らない場合もある。

トップダウンか、ボトムダウンか、はたまたバランスタイプか

また、テクニカルソリューションに関する意思決定には、もう一つ特徴があると考えている。 (テクニカルソリューションに限らないかもしれない)

その企業がトップダウンの性質を持つか、ボトムアップの性質を持つか、ということである。

たとえば、非常にタレントがあって、影響力の強いCTOやVPoEが明確なビジョンを組織に浸透していくようなスタイルの場合もあれば、開発に携わるチームが自立して技術選択について意思決定できることを重視する組織も存在する。

企業の成長のステージ応じてもそれは様々に変化する。たとえば以下のようなイメージだ。

  • トップとボトムが境がないケース:ベンチャー企業としてスタートしたばかりで、少数のメンバーの密なコミュニケーションによって技術選択が行われている。
  • トップダウンのケース:事業が成長し、メンバーも増えるが、CTOを中心としたコアメンバーによって強いビジョンが示されている。
  • ボトムアップのケース:企業の急成長に伴い、新しいサービスが次々とローンチされ、ビジョンが行き届かず事業やプロダクト毎に技術選択がなされるようになっている。
  • トップダウンボトムアップがバランシングしているケース:CTOを中心としたチームや、R&D部門が技術選択に関して影響力を持ち、ある程度ガバナンスやビジョンを共有した形で各プロダクトに技術選択の権限を委ねていく。

トップダウンの色が強い企業であれば、CTOに自社に有益なプロダクトとして認められれば、導入は比較的スムーズに進むだろうし、ボトムアップの企業では、たとえCTOや事業責任者と信頼関係が築けてビジョンを共有し合うことができたとしても、実際に影響力を持つ現場の技術者に支持されなければそもそも稟議が役職者のもとにあがることがない。

カスタマーサクセスの文脈では、キーマンの退職や入れ替わりはチャーンリスクである、ということはよく言われるが、その企業がどのような意思決定の特性を持っているかによって、テクニカルソリューションの場合は、ビジネスのキーマンだけでなく、技術選択のキーマンとなりうるCTOの入れ替わりも、ヘビーユーザーの技術者の退職も、利用継続を左右する大きなリスクになる。

Mackerelのようなテクニカルソリューションの特性はやはり、先にも述べたようにビジネスのキーマン、技術選択のキーマン、両方の心を掴む必要があるということだろう。

そのため、担当するCSMが持つ専門性も幅広くなくてはならない。ビジネスのキーマンの心を掴む場合と、技術選択のキーマンの心を掴む(信頼を得る)場合では、必要となる専門性やノウハウは異なる。前者はCSMのスキルでもセールスやアカウントマネージャーにつながる専門性であるが、後者は技術者としての専門性が求められる。カスタマーサクセス組織のリソースが潤沢で、それぞれの専門家を採用できている場合は幸運だろうと思うが、一部の大企業を除いて、そこまで専門性の違いを理解した上で、体制や業務範囲が整理できている企業は少ないのではないかと思っている。

まとめ:テクニカルソリューションのCSMが考慮すること

自分が対面している人物がビジネス・技術どちらのキーマンであるかを整理する

もしテクニカルソリューションのCMSを担当している場合、自分が対面している人物が、ビジネス、技術、どちらの意思決定により影響力がある人物なのかを意識してみることをおすすめしたい。また、ケアすべきいずれかのキーマンをないがしろにしていないか、という点も見直してみるとよい。

技術の意思決定フローを含めた顧客企業の理解・ジャーニーマップを作成する

また、ジャーニーマップを作る際も、それぞれのキーマンごとのジャーニーを思い描いてみてはどうだろうか。 ミッションの異なるぞれぞれの意思決定者は異なる価値観に基づいて、自社や自身の成功を思い描いているかもしれない。 もし企業の成功が根本としては、売上の増加、コスト削減などに向かっていたとしても、そこに至る中間指標やロジック、乗り越えるべき自社の課題をどう捉えるかは異なっているだろう。

  • ビジネスのキーマンはいつどのように意思決定するのか。何を自社・自身の成功と捉えているか。
  • 技術選択のキーマンはいつどのように意思決定するのか。何を自社・自身の成功と捉えているか。